VOL.26

お店の誕生~これまで

2025.2.17.MON.

ラグ&カーペット ティーズ

ラグ&カーペット
ティーズ

店内にはペルシャ絨毯、キリムが山のように積まれている。(とはいえ、乱雑ではなく整然と!)いったい、何枚あるのだろう(何百枚?何千枚?)。おもにイラン革命以前のものだそうだ。つまり、希少なものばかり。壁にかけられた絨毯を眺めていると、ジッと見入ってしまう。時代を越えて、いろんなものを背負っているのだろう。この感覚は、新品のものにはない。一枚一枚にストーリーがある。玉木さん一流の楽しくわかりやすい解説で、ぜひ聞いてみてほしい。

神戸ファッションマート3F

神戸ファッションマート店

今回の「お店の誕生〜これまで」については、じつは以前のインタビュー時に余談として少しお聞きしたことがあった。非常に面白い内容だったし、もう一度詳しくお聞きしたいと思っていた。
ところが、ご本人は、オフレコのこともたくさんあるしなあ。オフレコのほうがおもしろかったりするしなあ。オフレコ以外の部分は前にお話して書いてもらったしなあ。と、なんだか話したいけどためらっている様子。「まあ、そう言わずに改めてお話しください。書くとまずそうなことは書きませんから(笑)」と、やんわり背中を押して、口を開いてもらったら、やっぱり面白かった。

オーナー 玉木康雄 さん

大学卒業後、百貨店の外商部に勤務したあと、事業を起こそうと一念発起して退社。イラン人のもとで修行し約30年前に独立。特殊な世界であるペルシャ絨毯への造詣は驚くほど深い。そして独自の仕入れコネクションを持っている。その知識と経験談を聞き、さまざまな商品を見るだけでも、この店に行く価値があるだろう。もちろん、気に入ったものを手元に迎えたら、もっと価値はある。

ときは1993年。
バブル崩壊後の不景気まっただ中に、
独立せざるを得ない状況に…。

 独立以前の百貨店在籍時代から、漠然としてではあるが、独立するならこんなビジネスというイメージはあったという玉木さん。当時の玉木さんは20代後半。百貨店の社員だったから、独立するなら何か商品を売る仕事という発想しかなかった。外商で扱ってきた宝石、アクセサリー、絵画、美術品、毛皮、高級腕時計、オーダー紳士服、呉服などが候補としてアタマの中にはあったが、競合も多いし、新規参入の壁は高い。そこで考えたのがペルシャ絨毯。でも、よくよく考えると、興味はあっても奥が深すぎる!じぶんにホンモノを語れるか??
これは、一筋縄では行かないぞ。でも、ここで逆転の発想をしたのが玉木さん。
逆にその世界に詳しくなったら、難しいぶん競合も少ないからブルーオーシャン(競争がない市場)を悠々と泳げるんじゃないか、と。意外と軽いノリでこの業界に飛び込んだのだ。ときは1993年、独立をイメージして、あれこれ考えていたころから5年経っていた。しかし!世間はバブル崩壊後の不景気まっただ中。不景気風がビュンビュン吹いていた最中に独立せざるを得ない状況になった。
 そこで、どうせ不景気ならと思ったかどうかは分からないけど、同じやるなら“売れる絨毯を扱うのをやめて、好きな絨毯だけを扱う”ことをポリシーにスタートした。ちなみに、このポリシーはいまも脈々と持ち続けている。だから、玉木さんのお店は他とは違うオリジナリティーがあり、コアな客筋に支持されているのだろう。具体的に言うと、当時は高価なペルシャ絨毯といえばシルクだった(これは、いまでも変わらないそうだが)。ここで、じぶんの好きなものだけを扱うと決めた玉木さんは、業界の流れに真っ向から立ち向かった。遊牧民の絨毯やウールのアンティーク、ビンテージの逸品を取り扱ったのだ。そのころ、なんと、「変態の絨毯屋さん」とまで呼ばれたという。
そのころから数えて、玉木さんの絨毯屋人生はもう30年を超える。いつのまにか、イランあたりの遊牧民の手織り絨毯を指す「トライバルラグ」という言葉もずいぶんと知られるようになった。
もう、変態とは呼ばせない。いいえ、呼ばれない。軽いノリで入った業界に30年以上も身をおいているじぶんに、いちばんビックリしているのは玉木さん自身というのが、玉木さんらしくて面白い。

 独立当初は卸売がほとんどで、取引先に「遊牧民の絨毯展」や「ペルシャ絨毯展」を開催してもらい商品を供給する日々。店舗もなく、時間も場所も自由でとても楽しかったとか。 その後、1995年に阪神・淡路大震災。取引先が被災し売上も立たず悲惨な日々を過ごすことになる。ようやく復興の兆しも見えはじめ、三宮本通りに新しくできた貸しギャラリーで自ら「絨毯展」を催し、小売もはじめることになった。この時期に面白いエピソードはたくさんあるのだが、公に語るには問題があるとか…(笑)。そして1997年、倉庫代わりにどうかと友人に誘われて神戸ファッションマートに入居。その後現在のスペースに移転した。これが、現在に至る玉木さんの「お店の誕生から〜これまで」のストーリーだ。

じぶんが集めた絨毯を、
ただ見せたいためだけの展示ブース??

 さらに昨年5月、エピソードには新しいページが加わった。同じ3階に別のスペースを借り、訪れるひとにペルシャ絨毯の理解を深めてもらう展示をはじめたのだ。
玉木さんが掲げたテーマは「さまざまな切り口でセレクトした絨毯からの新しい発見」だ。ただ、実情は「じぶんが集めた絨毯を、ただただ、じぶんの満足のためだけに展示して、それを眺めて悦に入っているだけ」なんだそうだ。じつは、これが、本当の目的だったりするかもです。と、どこ吹く風と、飄々と笑っていらっしゃる。まさに、どこまで行っても「じぶんの好きな絨毯だけを扱う」道を歩き続ける玉木さんでした。

前にも話したしなあ。公にできない話やからなあ。と、おっしゃいながら、いつ聞いても玉木さんの話は面白い。取材終了後に新しくできたスペースも見せていただいたが、まさに玉木ワールド。真ん中に椅子を置き、ビールでも片手に眺めていたら、ずーっとここに居たくなる。じぶんの家に、こんな部屋があったら良いだろうなあ。そんな夢をみせてくれる展示スペースでした。
玉木さんに興味がわいた方は、玉木さんの著書やブログを読んでみるのも良いかもですね。

◎著書「ライオンラグ:知らざれるイラン遊牧民の手織絨毯」(布楽人双書)
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784862920027

◎ブログ「暇なペルシャ絨毯屋のつぶやき」
https://rugs-ts.com/blog/

インタビュー&ライティング 田中有史

 

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