VOL.19
2024.12.19 THU.
話好きな中村シェフ。今回も、こちらがインタビューをリードするまでもなく、よどみなくお話ししてくださった。今回のテーマは「こんなお客さま、あんなお客さま」。話が上手いから、お客さまとの会話も弾むでしょうねえ。料理の手が空いたタイミングに、グラス片手にお客様と談笑している姿が目に浮かぶ。うまい料理と、とびっきりのワインと、楽しい会話。そんな気分が似合うお店だ。
シェフ 中村泰一郎さん
21歳から料理の世界に入った中村シェフ。東京、神戸などのイタリア料理店で修行をしたのち、29歳で「アルティスタ」にシェフとして迎えらえた。自身がワイン好きなのでワインに合う料理を出したいと言う。とくに夜は料理とワインを楽しみに来ていただきたいと、ワインと合う自慢のメニューをいろいろと用意している。
お金はちゃんと払うから、使いたい材料を使いなさい。
「僕ら料理人って、お金を出して食べてくれるお客さまがいてくれてこそなんですよね」と、中村シェフは切り出した。
お客さまのおかげで食材を仕入れることができる。ワインだって、同じ。飲んでくれるひとがいてくれるからこそ、仕入れることができるのだ。というのも、料理人は良い素材を使うことでこそ、経験値が上がる。それが、中村シェフの持論だ。良い素材はやはり、それなりに高い。さわりたくてもさわれない。扱いたくても扱えない。しかし、それでは、料理人としての経験が積めない。安いだけの材料しか使えない環境にいると、料理人のテンションも上がらない。だから、今回ご紹介していただいたように、「お金は払う。だから、使いたいものを使って、つくりたいものをつくってくれ」と、言ってくれるお客さまの存在は、料理人にとっては、願ったり叶ったり。とても大事な存在だ。それこそ、「お客さまは、神さまです」的な存在なのだ。
その方のおかげで、キロ100万円を超えるようなイタリアのピエモンテ州アルバ産の最高級白トリフも何度か使うことができたそうだ。好き嫌い、美味い不味いの感覚には個人差がある。だからこそ、さまざまな食材を調理し味見をすることで、料理人としての経験値は上がっていくのだ。
30年近く料理人をやってきた中村シェフは、好奇心を満たすために、魚介類、肉類、野菜やキノコをはじめ、多種多様な材料を調理してきた。その方がお金を出してくれたおかげで、はじめてふれたものも多いと言う。さらには、若いころに師事した、師匠とも言えるシェフにも、多くの珍しい食材を扱うことを経験させてもらったと、感謝の意を隠さない。四半世紀以上も前に鳩、鶉、軍鶏、山羊、鹿、猪、兎、そして内臓など、それらを我が手で扱い、我が舌で味見した経験を持てなかったとしたら、経験値や知識のレベルはいまよりもはるか低いレベルまでしか到達できなかっただろうと、回顧する。
美味しい料理をお出しする。
料理人がお客さまにできる恩返しは、それしかありません。
このお客さまは中村シェフにとっては、いわばパトロンのような存在といえるだろう。毎日、毎日、調理場に立てば立つほど、感謝の念は年とともに強くなってきたそうだ。感謝するのは、このお客さまと師匠だけではない。僕の腕が上がるのは、すべてのお客さまのおかげだと思っている。そして、僕の腕が上がることはお客さまにもプラスというか、いろんなことを還元できると思っている、と。この店を18年間やってきて、常連のお客さまもたくさんできて、通ってくださることに感謝している。その感謝の気持ちを表現できるのは、精一杯腕を磨いて、さらに努力して経験を積み、美味しい料理をお出しすることしかない。僕ら料理人にできることは、それしか無いし、それが料理人にできる唯一の恩返しですから。と、熱い想いで締めていただいた、今回のインタビューでした。
インタビューって、じつはここに書かない話の中にも、面白い話がたくさんある。面白いのになぜ書かないの?と言われるかもしれないが、それは話の構成上の問題。
たとえば、このパトロン的人物がドイツ、イタリア、オランダをはじめ、世界中を仕事で飛びまわる敏腕ビジネスマンであること。フレンチよりもイタリアン好きなこと。伸びるなぁと思う人材には好きなことをさせてあげたい考えを持つことなど。話としては興味深いけど、盛りだくさんすぎると本質が伝わらない。この話の本質は「向上するためにはホンモノを知れ、ホンモノにふれろということ」。簡単そうで、なかなかそうはいかない。すべてに通じる本質だ。
インタビュー&ライティング 田中有史