VOL.22
2024.12.25.WED.
いつも取材が楽しい石田洋服店の店長、石田原 弘さん。話題が豊富な方からお話を聞くのは本当に楽しい。“会話”というのは接客の基本だもんなあ。ましてや、ビスポークスーツだけに、なおさらだ。よく話しをしてお客さまの好みや希望を聞き出しカタチにするわけですからね。「ビスポーク(注文服)」の語源はたしか、“be-spoken(話す)”だということを教えてくれたのは石田原さんだった。今日の取材のテーマは「業界話」。さて、さて、紳士服に精通する石田原さんだけに、紳士服の業界に関する話かな。それとも、門外不出の裏話や噂話か??記事は伏せ字だらけになるのか…。
店長 石田原 弘さん
祖父の時代はテーラーを営み、父の代からテーラーに生地を売る紳士服地の卸売業になった。石田原さん自身は大学卒業後、ヨーロッパで服地を扱う会社に入社。その後、総合商社を経て家業である卸売業を継ぐ。そして家業を再び、祖父のころと同じ小売業(テーラー)に戻す。紳士服ひと筋の人生を歩むひとである。
今日は、“ブランド”のお話をしましょう。
大学でゼミを持っている石田原さんではあるが、マーケティング的な「ブランド論」ではなく、ブランドの内幕を楽しく語ってくれた。まずは、ラグジュアリーブランドの話。この世界は、なんと、3つの巨大グループ(コングロマリット)の寡占状態だと言う。それは、本来は敵同士、ライバル同士と我々が思っているブランドが、じつは仲間同士だったりするということ。世界のトップに君臨するLVMHグループはモエ・ヘネシーとルイ・ヴィトンの頭文字。ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、フェンディ、セリーヌをはじめ、ドンペリやヘネシー、ブルガリやティファニーまで傘下に収めているのだ。御三家ふたつ目はケリンググループ。こちらは、グッチ、サンローラン、ボッテガ・ヴェネタ、バレンシアガなどを擁している。そして、リシュモングループはカルティエ、ダンヒル、ピアジェ、モンブランなどを擁している。本来は競合同士のはずが、一緒になっているのは、なんともおかしな話だなあ。と、思わざるを得ない。
不思議な話ですよね。でも、これって、消費者(といっても、これらのブランドは一般消費者には縁遠いけど)は、じぶんが好きなブランドを買っているつもりが、その裏では、せっせと御三家に貢いでいる構造になっているのよね。そして、これらのブランドは、単価を30%上げると売り上げも30%上がる図式になっているという。信じられないほど、おいしい市場なのだ。ま、庶民には関係ないから、と冷ややかな目で見るより仕方がないですね(笑)。
そして、笑うに笑えないブランドの話として、こういったブランドの世界に入れないブランドもある。ここに入れないブランドがやっているのは、ライセンスビジネスと呼ばれるビジネスだ。ほら、かつて憧れのマトだったファッションブランドのロゴをスリッパやタオルなど、意外な場所で見かける、あれだ。かつては、魔法瓶などでもよく見たものだ。あれは、決してそのブランドがつくっているものではない。名前(ロゴ)だけを売っているのだ。それを、何も知らずに、ありがたがって買っているのが、われわれ消費者だったりしますよね。これは、「ブランド」が品質保証ではなく、所詮アイコンにすぎないものなのか?考えさせられますね。
では、ブランド(広くファッションと言えるが)と環境の関係に眼を転じてみよう。ここでは、廃棄や労働の問題がある。一説によると世界中で供給される衣服の総量は1年に約9800万トン。そして使用後に廃棄されているのは約9200万トンもあるのだ。つまり、毎年、つくった数とほぼ同じだけが、廃棄されているのだ。ジーンズ1本つくるのに、コットンの栽培から染色、水洗いなどを入れると約7500リットルの水が必要とも言われている。どこかの大きな湖を消滅させてしまうほどのスケールなのだ。
一方で高級ブランドはバーゲンをしない。バーゲンをしない代わりに、売れ残ったものを廃棄(焼却などで)している。安売りしないことでブランドイメージを守っているわけだ。それは、ちょっとじぶん勝手だと、言われても仕方がないだろう。ファッションが及ぼす環境への負荷は如何ばかりか。想像すると怖くなる。一人ひとりが3ヶ月長く着るだけで、環境への負荷はかなり下がると言われる。こうなると供給側の責任だけでなく、われわれ消費者もライフスタイルや生きる姿勢そのものを、見直す必要があるように思われる。
石田原さんが言うには、「在庫の買取りや古着を海外へ送るビジネスモデルがあり、注目もされています。でも、けっきょく、最後には捨てられることは同じ。捨てる所有者が変わるだけなんですよ。外国へ古着を送ることで、現地の繊維産業を潰してしまう例も散見されます。コーヒーなどではフェアトレード(生産物の価格を輸入国が決めている現状の是正)が言われていますが、ファッション産業には、その概念はありません。単純に言うとファストファッションの価格を上げて労働者の賃金を上げれば良いことなんですけどね。それも、わずか時給10円上げれば、その生産国では生活がずいぶん変わるんですから」。
さらに、ファッションはどうやってつくられているかが問題だとも。石田原さんは「廃棄や環境の問題、さらには途上国での労働問題を考えるとオーダー服なんですよ。長く着れる、量産しない、無駄がないわけですから」と、口元は笑いながら力説するのでした(笑)。
もう一つは、「行き過ぎたSDGs」のお話。
SDGsはわれわれの未来にとって、大切な考え方であり行動の指針。でも、行き過ぎると、どうなんだろうということを紹介していただいた。たとえば、「キャンペーン・フォー・ウール」という、英国国王の肝入りではじまった活動がある。ウールはナチュラルで再生可能なだけでなく、暖かく、吸湿性が高く、燃えにくく、丈夫で長持ちなどの特長がある。だから、合繊なんかやめて、もっとウールの需要を促進しようというものだ。とはいうものの、合繊はダメだ。使わないでおこうというのは、いかがなものか。合繊にも動物由来のものもある。そして、合繊メーカーはたちまち大ピンチになる。これは本末転倒だろう。
ここで大切なのは、消費者ニーズに合わせていくつくり方・売り方(マーケットイン)で良いのかということではないだろうか。ニーズを追うことはどうしても、流行を追うことになる。結果、早いもの勝ちの世界になるし、供給過多になる。いまは、つくり手が良いと思うものをつくる考え方(プロダクトイン)に立ち戻ってみることが大切だと、石田原さんは言う。そして、「だって、流行なんか10年したら繰り返すんだから、コックリさんみたいなものですからねえ」というひと言で、長いインタビューは終了した。
今日は話の内容が濃くて、とても有意義で、かつ考えさせられる内容だった。いつもインタビュー後の、石田原さんとの無駄話も楽しみなんだけど、長時間でお疲れのようなので(こちらもですが)、さっさと切り上げた。
今回のお話は非常に示唆に富んだものだった。SDGsの大きなボタンを背広の胸につけているだけでは何も変わらない。われわれ一人ひとりが、日々の生き方や暮らしの足元を見直すべきときだ。今日のわたしやあなたの行動が、未来を良くも悪くも左右するのですよ。
インタビュー&ライティング 田中有史